本と犬

洋書とオーディオブックについて語るブログ。最近は怪奇小説が多め。

イーディス・ネズビットが身近に感じられる伝記 The Life & Loves of E. Nesbit

The Life and Loves of E. Nesbit

作品データ

著者:Eleanor Fitzsimons
ジャンル:ノンフィクション(伝記)
日本語版:なし
Audible:なし

概要

 イーディス・ ネズビットの人生を、膨大な文献や書簡をもとに振り返った伝記。デイジーと呼ばれた幼少期や、最初の夫ヒューバートとの結婚生活、数々の作品を世に送り出す裏側で起きていた出来事、同時代に活躍したさまざまな作家との交流など、興味深いエピソードが紹介されている。ネズビットがいかにして作家となり、創作の源がどこにあったのかが見えてくる一冊。

感想

 ネズビットの幼少期を言い表すとするなら、「変化」のひとことに尽きるでしょうか。農業学校を経営していた父親を幼い頃に亡くすと、病弱な姉メアリーの転地療養のため、母親に連れられてイギリス、そしてヨーロッパ各地を転々とします。ひとりで寄宿学校や知人の家に送られることもあり、寂しい日々だったにちがいありません。そうした落ちつかない暮らしは、大人になっても変わりませんでした。10代後半に夫となるヒューバート・ブランドと出会い、作家活動、そして社会運動(夫婦ともに、社会主義団体「フェビアン協会」の中心メンバーでした)に精力的に取り組んでいきます。
 ヒューバートには人を惹きつけるカリスマ性があり、結婚後も女性問題に事欠きませんでした。ネズビットが住み込みの秘書として迎えたアリスが、なんとヒューバートと不倫し、子どもをふたり生んでいます。どちらも、ネズビットは自分の子として引き取り育てています(アリスもそのまま一緒に暮らすという、奇妙な関係が長く続くことに)。一方、ネズビット自身も魅力にあふれた女性で、結婚後もさまざまな男性と恋愛関係になります。ネズビットは裏表がなく、一度決めたらとことん相手に誠意を尽くす性格だったようで、その助言や力添えによって成長し、「巣立って」いった若い男性は少なくありませんでした。Well Hallという大きな屋敷を切り盛りしたネズビットのもとには、男女問わず、多くの業界人が集いました。ジョージ・バーナード・ショー、H. G. ウェルズ、ラドヤード・キップリング、G. K. チェスタトン、ダンセイニ夫妻、E. M. フォースター、シャーロット・パーキンス・ギルマン……そうそうたる面々と交流があったといいます(キップリングなど、仲たがいをして交流が途絶えたしまった相手も)。
 ネズビットは「彫りの深い、とても目を引く美しい女性」だったそうなのですが、外見よりも、ユーモアと誠実さという内面がネズビットの最大の魅力であり、それが作品にも如実に表れています。「子どもの目線で、子どもの言葉で語っている」ところがネズビット作品の特徴だといわれるのですが、ネズビットは幼い頃のことを恐ろしいほど鮮明に憶えていたんだとか。ほぼすべての作品に自身の体験が投影され、登場人物たちの多くに、自身を含めたモデルが存在します。いつまでも子どもの心を持っていた、大人の殻をかぶった子ども、そんなところがあったのではないかと思います。
 50代になると、ヒューバートに先立たれ、作家としての人気は陰り、健康も害したネズビットは、創作意欲を失い、生活もままならなくなっていました。屋敷の前で花や野菜、卵などを立ち売りして日銭を稼ぐような生活を送っていたネズビットに、愛情と救いの手を差し伸べたのが、長年の友人であったタッカーという人物でした。ネズビットは58歳でタッカーと再婚し、お互いを「船長」「航海士」と呼び合うなど、楽しく精神的に満ち足りた生活を送ります。また、晩年も若い友人に恵まれ、みなに慕われ、尊敬されていたというエピソードも紹介されています。ネズビットは1924年、65歳で生涯を終えているので、短い期間だったかもしれませんが、最晩年は落ちついた、穏やかな時間を過ごせていたことを知り、(そこまでの苦労や苦悩を思うと)とても救われた気持ちになりました。
 ひじょうに多くの情報が掲載されているので、一度読んだだけでは把握しきれません。ネズビット作品を読んだり訳したりするときにも重宝しますし、大事に読んでいきたいと思っています。

 この伝記では、もちろんネズビットの作品が網羅されています。すべて読んでいるわけではないのですが(読まないと!)、やっぱりThe Rairway Children(鉄道きょうだいが好きかな……。Five Children and It(砂の妖精)も「エブリデイ・マジック」ものの傑作で、日本ではファンタジー作家のイメージが強いネズビットの真骨頂ともいえる作品ですね。


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(アイコンにも使用しているこちらのイラストは、ネズビットによる子どものための詩集"Our Friends and all about them”の挿絵のひとつ。とぼけたわんこの表情がかわいい)