本と犬

洋書とオーディオブックについて語るブログ。最近は怪奇小説が多め。

ネズビットらしいユーモアあふれるYAお仕事小説 The Lark

The Lark

作品データ

著者:Edith Nesbit
日本語版:未訳
ジャンル:フィクション、YA
舞台:20世紀前半のイギリス
Audible:なし 

概要

 親を亡くした19歳のジェーンと従妹のルシラは、受け取るはずだった遺産を保護者に使い込まれ、ほぼ無一文で世の中に放り出される。残ったのはわずかな現金と、片田舎の小さなコテージだった。ふたりは持ち前の機転と行動力、そして若さと希望で、自分たちで生きる道を切り開こうと奮闘する。庭に咲く花を売って小銭を稼ぐところから、ついには近くの大きな屋敷を借りて下宿を始めるまでになるのだが……。ジェーンと「運命の人」との再会や、下宿人とのトラブル、ルシラの意外な才能の開花など、さまざまなエピソードが軽妙に語られている。くせのある登場人物たちとのやりとりも楽しい。ユーモアとみずみずしさにあふれた青春小説。

感想

 イーディス・ネズビットのユーモアと豊かな感性がページからにじみ出ているような小説でした。亡くなる2年前に発表された、小説としてはネズビットの遺作になるらしいのですが、最後の最後にこんなキラキラした作品を書いていたとは! と驚かされます。波乱万丈の人生を送ったネズビットですが、晩年はうってかわって落ち着いた生活だったようです(58歳で再婚し、経済的にも安定)。若い頃に書いていたような、奇想天外なファンタジーは書けなくなっていたのかもしれませんが、こんなに楽しく、チャーミングな小説を書いていたのですから、精神的には満ち足りていたのでしょうね。

 

 The Larkというタイトル、読みはじめるまえは「ヒバリ」という意味だと思っていたのですが、「愉快、楽しいこと、浮かれ騒ぎ」という意味のLarkでした。突然、お金も保護者もなく、19歳で世間に飛び出すことになったジェーンとルシラ。若すぎるということもありませんが、20世紀初頭のイギリスは、未婚女性が自分で身を立てるにはまだまだ厳しい場所です。それなのに、ジェーンは言うのです。この状況は、わたしたちにとってLarkなのよ。何をしても自由なんだから、と。まさにこの物語を一言で表した、素敵なタイトルです。

 わたしがこれまでに読んだネズビット作品というと、ほぼ怪奇小説一辺倒で、あとはファンタジーを何作かというところ。なので、登場人物がここまで鮮やかに描かれている作品は初めて読みました(怪奇小説は、どちらかというと情景描写が中心なので)。とにかく、ジェーンとルシラが愛おしい! ジェーンは行動力があって、ちょっと向こう見ずで、かと思えば割とすぐにへこんだり(立ち直りも早い)と、感情表現が豊か。一方のルシラは、落ち着いていて、冷静に状況を見る目もあり、ジェーンの勢いにおされつつも、しっかりフォローし、言うことは言う。もう最強のコンビですね。ルシラは食いしん坊で、面食い(nice faceが口癖)なところもかわいい。
 物語の冒頭、まだほんの少女だったジェーンは、運命の人が見えるという占い(魔術)を試して、ある男性の顔を見るのですが、実はそれは、偶然通りがかったジョンという「本物」の男性の顔でした。このジェーンとジョンのロマンスがことさら強調されているわけではないのですが、物語の軸にはなっています。ジョンも父親を亡くし、貧乏で、除隊後、裕福なおじを頼ってやってきたところ、コテージに移り住んだジェーンと運命的に再会します。ジョンのおじの屋敷に、ジェーンとルシラが勝手に入り込み、ジェーンが怪我をしてジョンに助けられる、という筋書きです。
 その縁で、屋敷の庭と小屋を使わせてもらえることになり(庭の花を売ってもいいことに)、ジェーンとルシラは花屋としてそれなりに成功をおさめます。その後、屋敷のほうも借りて下宿を始めるのですが、広すぎるわボロボロだわで、修理に手がかかり、人を雇うもうまくいかない。ようやく予約が入ったかと思うと、最初の客は文句ばかりで、あげくお金を払わずトンズラ、次の客も実は身分を偽っていたりと、波乱ずくめです。
 ジョンの行く末を心配した母親が、「婚約者」を下宿人として送り込んできたりもします。母親は、ジョンがジェーンにたぶらかされていると思っていました。若い女性だけで下宿をやっているのかと言われたジェーンは、とっさに「おばがいる」と嘘をつきます。そこでルシラが隠れた才能を発揮して、年配のおばに成りすますのですが……。こういうところは、ネズビットの茶目っ気でしょうか。引っ込みがつかなくなって、ドツボにはまっていくルシラ。ジェーンの嘘をかばうために、そこまでしなくても……。
 登場人物は基本、みんないい人たちで、それぞれ個性的なのですが、なかでも庭師として雇われるディックスとの出会いは、ネズビットらしいエピソード。出会いの場はなんとあの「マダム・タッソー館」。眠りこけていたディックスをろう人形だと勘違い(!)して、ジェーンがひと騒動起こし、お詫びにお茶に誘ったことがきっかけで、ディックスはジェーンたちの心強い仲間になります。ディックスもジョン同様、戦争に出て、しかも捕虜になるというつらい経験をしています。家族もお金もなく、人生これまで……と覚悟したときの出会いでした。ジェーンは、自分たちも楽な暮らしではないけれど、運には恵まれている。だから困っている人は助けないと、とディックスに手を差し伸べます。ジェーン、いい子や……。
 マダム・タッソーといえば、ネズビットの怪奇小説にThe Power of Darknessという作品があるのですが(『怪奇文学大山脈Ⅲ』(東京創元社)に「闇の力」というタイトルで収録されている)、その舞台がマダム・タッソー館。ジェーンとルシラがそのThe Power of Darknessについて話す場面があって(あの話は怖かったわね、という)、おっ! となりました。
 物語のラストでは、強盗騒ぎが起こります。そのなかで、下宿人のひとりが以外な人物だったと(ルシラにだけ)判明。いささか話がうますぎる気もしますが(そしていやにあっさり物語が終わった気も)、ネズビットが書きたかったのは、ふたりの若い女性の生き生きとした姿だったのではと。そういう意味では、当時の大人(おそらく女性)の読者に向けて書かれた小説ではありますが、ヤングアダルト小説といってもよさそうです。仕事の苦労やピンチの切り抜け方も描かれているので、お仕事小説としても読めますね。

 随所で炸裂するネズビットのシニカルな笑いのエッセンスと、時代の空気が存分に味わえる、とても楽しい小説でした。もう一度、今度はじっくり読みたいと思います。

 

 カバーもいいですね。このバージョンは、2018年にThe Penguin Women Writers シリーズの1冊として出版されたもの。今この時代に、「女性作家の忘れられた作品にスポットライトを当てる」シリーズにThe Larkが選ばれたのはうれしいことです。シリーズは全4作品。どれもカバーイラストがポップ(女性のデザイナーなんだとか)で、揃えて本棚に並べたくなります。もちろん、どんな物語なのかも気になります……。

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(こちらは鳥のほうのLark)