本と犬

洋書とオーディオブックについて語るブログ。最近は怪奇小説が多め。

Monster, She Wrote チャレンジその2:アン・ラドクリフ

 Mosnter, She Wroteチャレンジその2はゴシック・ロマンスの大家アン・ラドクリフ。

www.bookdog.me

The Mysteries of Udolpho

※パブリック・ドメインなのでProject Gutenberg等のサイトでも入手可

www.gutenberg.org

作品データ

著者:Ann Radcliffe
ジャンル:ゴシック・ロマンス
日本語版:抜粋が『幻想と怪奇 傑作選』「呪われた部屋」というタイトルで翻訳、収録されている

 
「呪われた部屋」
著者:アン・ラドクリフ
訳者:安田 均

Audible: 

www.audible.com

(30時間超え……とても聴ける気がしません……)

 感想

 アン・ラドクリフを語らずして、ゴシック文学は語れない……といっていい作家(だと思う)なのですが、どの作品も長い! 冗長なのがゴシック文学の醍醐味かもしれませんが、読むのは相当の根気と時間が必要です。代表作とされるのがThe Mysteries of Udolpho(ユードルフォの謎)ですが、完訳は出ていないようです。The Italianという作品は、『イタリアの惨劇』というタイトルで翻訳が出ていますが、1978年刊行と少々古く、近隣の図書館には蔵書がありませんでした(こちらも全2巻500ページ超えで、入手できたとしてもくじけず読めたかどうか怪しい)。

 幸い、代表作The Mysteries of Udolphoの抜粋が翻訳されていました。舞台は、16世紀のフランス南部。若く美しいエミリーは、父親とふたり、幸せに暮らしていました。旅先でヴァランコートという青年と出会い、恋に落ちます。その後父親を亡くし、孤児となったエミリーは、莫大な遺産を相続し、おばのもとに送られるのですが、邪な義理のおじモントーニによって、居城「ユードルフォ城」に監禁されてしまいます。モントーニはエミリーとヴァランコートの仲を引き裂き、エミリーの遺産を奪おうと、無理やり別の男と結婚させようと画策します……。
 と、エミリーの悲劇が(長々と)物語られるわけですが、最大のゴシック要素は「ユードルフォ城」。人里離れた場所に建つおどろおどろしいお城で、いかにもな雰囲気満載です。といっても、どうも本物の幽霊が出る城ではなさそう。ラドクリフの語りには、"explained supernatural"、つまり「怪奇現象は実は~だった」という種明かしがあるのが特徴だといいます。「本当に恐ろしいのは、幽霊ではなく、現実(この場合、エミリーの自由と財産を奪おうとする男たち)なのだと、『実は怪奇じゃなかった怪奇現象』を描くことでラドクリフは表現しようとした」とWomen, She Wroteでは解説されていました。

 さて、「呪われた部屋」は、原文を確認したところ、第4部まであるThe Mysteries of Udolphoの後半(第3部第6章~7章の途中まで)を訳したもののようです。とある怪奇現象が起こる(はい、お約束!)とされる城(ユードルフォ城ではないらしい)が舞台。ルドヴィゴという青年が、城の主人に頼まれて、怪しい部屋で一夜を過ごすことになります。ルドヴィゴは本を読んだり(読んでいるのがいわゆる「怪奇小説」で、その話が作中作として語られているのですが、これがめっぽうおもしろかった)ワインを飲んだ(寝てしまうんじゃあ……)りして時間をつぶしていましたが、そのうちに(やっぱり)眠ってしまいます。翌朝、城の主人が様子を見にいくと、ルドヴィゴは内側から鍵のかかった部屋から、忽然と姿を消していたのでした……。
 ここでも、ラドクリフお得意の「実は○○だった」が展開されます。添えられていた解説によると、ルドヴィゴが消えた謎にはカラクリがあるんですね。この「呪われた部屋」のエピソードを、のちにジェーン・オースティンがパロディとしてふくらませ、『ノーサンガー・アビー』を書いた、というのは有名な話です。

 ラドクリフは、死後に出版されたOn the Supernatural in Poetry(詩における超自然について) というエッセイの中で、「HorrorTerrorの違い」について言及しています。Terrorは「魂を広げ、その力を人生の高みへと覚醒させる」もので、一方のHorrorは「魂を委縮させ、凍りつかせ、瀕死の状態にしてしまう」ものだといいます。ラドクリフ流の解釈だと、テラーには、魂を崇高なる境地へと昇華させてくれる芸術があって、ホラーにはそれがなく、ただ魂を恐怖のどん底に突き落とし、後には何も残らない。そこで作家ラドクリフは、より美的なHorrorを好んだわけです。幽霊や怪奇現象を、そのものとして描いてはだめなのだと。「出るぞ、出るぞ~」というスリルから生まれるものがある。ちょっとしたトランス状態とでもいうのでしょうか。わたしは怖いのが苦手なので、その感覚の違いを実感する余裕が……(お化け屋敷とか、ホラー映画とか、まともに味わえたためしがないので)。

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(The Mysteries of Udolphoの挿絵)

 

 ところで、アン・ラドクリフ、短い作品はないのかと探したところ、どうやら死後50年以上経って版されたThe spirit of the moist handという50ページくらいの作品があるようです。Internet Archiveで見つけたのですが、どういう経緯で出版されたのかは、ネット検索などでもヒットせず、よくわかりませんでした。どんな話なのかは、気になるところです(そのうち……読めればいいなと……)。

archive.org