本と犬

洋書とオーディオブックについて語るブログ。最近は怪奇小説が多め。

Monster, She Wrote チャレンジその1:メアリー・シェリー

 女性怪奇作家の伝記集Mosnter, She Wroteで紹介されている作家の作品を読んでいくというMosnter, She Wroteチャレンジを勝手に始めました。その1は、メアリー・シェリー。

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Frankenstein

作品データ

著者:Mary Shelly
ジャンル:ゴシック、SF
日本語版:

 
著者:メアリー・シェリー
訳者:芹澤恵

Audible: 

www.audible.com

 

感想

『フランケンシュタイン』はいわずと知れた、ゴシック小説の金字塔、なのですが、今回あらためて読んでみて、わたしは本当にこの作品を読んだことがあったのか? と自問するほど、印象が変わりました。これほどまでに、果てしない絶望、悲哀を描いた作品があるでしょうか。救いのなさ、報われなさ、最後まで分かり合えないつらさ……。本を閉じたとき、消化しきれない感情が押し寄せてきて、ため息しか出ませんでした。

 この作品のよくある誤解に、「フランケンシュタイン=怪物」「怪物は、うめき声程度しかあげられない、知性の低い生き物」というものがあります。映像作品やパロディ作品の影響か、「フランケンシュタイン」という言葉がひとり歩きしている状態ですが、それはまったく違うということが、読み始めるとすぐにわかります。もちろん、フランケンシュタインは怪物ではなく、怪物の創造者です。そして、怪物(最後まで名もなき存在なので、こう呼ぶしかない)は、非常なる努力と根気、知識へのあくなき欲求によって、観察し、言葉をおぼえ、世界を理解し、高い知性を身につけていきます。怪物に知性があるからこそ、物事が理解できるがゆえに、彼は自分がこの世界でただひとり、ほかとは違う、仲間を持つことが叶わない存在であると知り、その癒しようのない孤独に絶望するのです。一方で、親ともいうべき創造者のフランケンシュタインは、自分の作り出したもののおぞましさに、向き合うことを放棄し、それがまさに悲劇の始まりとなりました。

 怪物は、孤独と絶望から、その責をフランケンシュタインに求め、それでも応じぬとみると、フランケンシュタインの愛する者たちを手にかけていきます。最後の独白で、怪物は言います。

おれの心は本来、情愛と共感を受け止めるようにできていた。それがみじめな思いを味わううちにねじ曲がり、憎しみから悪行をなすようになったのだ。それほど激しく心を変えることに、どれほどの苦痛が伴うか。 

  自分のやったことに、身を引き裂きたくなるほどの後悔の念をおぼえていたのです。フランケンシュタインが創造したのは、見た目は醜悪でも、その本質は美と善に満ちた存在でした。ねじまげられて育ったがために、悪鬼に成り下がってしまった……。この変化の過程が物語ではつづられているのですが、怪物の心の叫びに圧倒されて、読む手が止まったこともありました。

 この作品は「怪物(モンスター)」のイメージを確立したともいうべき作品ですが、知識を得ることの喜びと悲しみ、罪とは何か、自然と科学の融合と軋轢、人間の本質などなど、あげるときりがないほどのテーマが読みとれます。実はとてつもない深みのある作品だと、いまさらながら感じました。

 今回、芹澤恵さんの訳で読み返しましたが、自然や情景の描写や、落ち着いた文体からにじみ出る感情のほとばしり、心の機微が見事に表現されていて、すばらしい訳文でした。ほかにもたくさん翻訳が出ているので、読み比べるのも興味深い体験になりそうです(原書はパブリック・ドメインなので、無料で入手できます)。せっかくなので、オーディオブック(ナレーターは『美女と野獣』でも知られるダン・スティーヴンス)も聞き読み中。また作品の解釈に新たな一面を添えてくれることを期待しています。 

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(セオドア・フォン・ホルストによる1831年版『フランケンシュタイン』の挿絵)