本と犬

洋書とオーディオブックについて語るブログ。最近は怪奇小説が多め。

世界のモダン・ホラーアンソロジー The Valancourt Book of World Horror Stories

The Valancourt Book of World Horror Stories vol.1

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作品データ

編集: James D. Jenkins, Ryan Cagle
出版社: Valancourt Books
日本語版:なし
ジャンル:ホラー・アンソロジー

出版社の作品紹介ページ:

www.valancourtbooks.com

概要と感想

 世界のモダン・ホラー作品が集められた、読みごたえたっぷりのアンソロジー。ヨーロッパ(イタリア、スペイン、フランス、ルーマニア、ハンガリー、デンマーク、オランダ、スウェーデン、カタロニア、マルティニーク)をはじめ、アフリカ(南アフリカ、コートジボワール)や南米(メキシコ、セネガル、ペルー、エクアドル)、アジア(フィリピン)、北米(ケベック)の各国・地方の作家が過去に発表したホラー短編から、選りすぐりの21編が翻訳(英訳)収録されています。せっかくなので、300部限定のハードカバー版を取り寄せてみました。400ページ越えのボリュームに重厚な装丁で、モノクロでラフなタッチの挿絵も、雰囲気を演出しています。

 編者のJenkinsさんは、出版社Valancourt Booksの運営者であり、本アンソロジーの翻訳も担当されています。フランス語・イタリア語・スペイン語・ルーマニア語など、さまざまな言語を翻訳されていて、いったい何か国語に堪能なのか! と驚くばかりです。

 去年の秋頃に届いてから、少しずつ、時間をかけて読了しました。どの短編も読みどころやおもしろさがありましたが、特に気になった作品を(ほんの一部ですが)取りあげたいと思います。

 

The Time Remaining
by Attila Veres (Hungary)

 これぞモダン・サイコロジカル・ホラーと言いたくなるような、ざらっとした読後感が味わえる作品。子どもたちの「お気に入りのぬいぐるみ」への愛着が、いびつな形で描かれています。知らぬ間にボロボロになっていくぬいぐるみを治そうと、子どもたちの行動はエスカレートし、しまいにはとんでもないものを「詰め込む」ようになります。一方のぬいぐるみのほうも、魂が宿ったように「行動」しはじめるのですが……。「ぬいぐるみの死」は子ども時代の終わりを告げているのでしょうか。純真さゆえの残酷さや、成長の痛み、子どもに強くなってほしいという親のエゴのようなものも読みとれました。とにかく奇怪で、グロテスク。じわじわ迫る狂気に背筋が凍りました。これは怖かった……。

 

The Collector
by Tanya Tynjälä (Peru)

 ペルーのホラーを読むのは初めてです。とても短い作品なのですが、不条理さがなんともいえない、記憶に残る物語です。恋人と週末を郊外で過ごそうと出かけた男が、待ち合わせ場所に向かう道中、町はずれの喫茶店に立ち寄ります。そこに店主らしき女がやってきて、妙にしつこくアップルパイを勧めてくるのですが……。タイトルの「コレクター」が何を暗示しているのか(誰が何を集めているのか)、それがわかったとき、思わず声が出ました。こういう不気味なんだけどユーモアもある作品はくせになります。

 

Señor Ligotti
by Bernardo Esquinca (Mexico)

 いささか落ち目の作家の男が、裕福そうな老紳士(Señor Ligotti)から破格の値段でマンションの購入を持ちかけられます。条件はただひとつ。ときどき訪問させてほしい、というのです。なんだ、そんなことならと、ふたつ返事で作家は請け合い、マンションを購入して引っ越すのですが、それが悪夢の始まりでした……。まさに「うまい話には裏がある」です。Señor Ligottiが悪魔のようで、目的が見えないのでよけいに怖い。ラストのひとひねりが、恐怖に追い打ちをかけます。ゴシック風のテイストもあり、ボリュームもほどよく、本アンソロジー中、いちばんのお気に入りです。

 

Twin Shadows
Ariane Gélinas (Quebec)

 ふたごの姉妹のいびつな関係がテーマ。ひとりは美しく、ダンサーの才能があり、みなから愛されていますが、もうひとりは周囲から(親からも)存在していないかのように扱われています。現実の姉妹なのか、いわゆる「イマジナリー・フレンド」なのか、人間ではなく生き物なのか? クローゼットの中が居場所で、猫が怖がって近づこうとしないなど、その描写は「普通ではないなにか」を暗示させます。恐怖と幻想が入り混じったようなラストが印象的な物語でした。

 

Snapshots
by José María Latorre (Spain)

 舞台は街角にある証明写真のブース。主人公の男は、機械から吐き出された写真を見て驚きます。そこには自分とは似ても似つかぬ、老けた男が写っているのです。機械が故障しているのかもしれないと、もう一度、さらにもう一度と、写真を撮るのですが、写真の中の男はどんどん年老いていきます。写っているのが本当の自分なのか? それがわかったとき、男の運命は……。写真というモチーフがうまく使われていて、短いながらもインパクトがありました。

 

 本書でさまざまな言語・国の作品を読んでみて感じたのは、ホラー小説は、時代や文化の違いを超えて存在している共通言語のようなものだということ。書き手のバックグラウンドや描かれているテーマによって、それぞれの作品の特徴や味わいは異なりますが、読み手の「恐怖を味わいたい」「心を揺さぶられたい」という願望? は、万国共通じゃないかと思います。だからこそ、ホラー小説の系譜は脈々と続いているし、これからも続いていくんでしょうね。

 こちらのアンソロジー、第2弾も決まっていて、次は日本や中国といったアジアの作品もたくさん収録されるとのこと。とても楽しみです!


※日本人作家の作品として、津原泰水さんの短編「古傷と太陽」が「The Old Wound and the Sun」(訳:Toshiya Kamei)というタイトルで収録されるようです。

 

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(かわいいぬいぐるみが、恐怖を呼ぶ……)